デジタル資本主義
がやってくる

フィスコ・ファイナンシャルレビュー編集長 中川博貴

変化に対応して投資しなければ、
資産は守れない

インターネットは社会を大きく変えた。しかし、その変化は日常生活のなかで徐々に進行したため、「気がつけばいつの間にかインターネットが重要な社会インフラになっていた」——というのが正直な感想ではないだろうか。そのとき、目の前で少しずつ変化が起こっていることには気づくものの、世の中が大きく変化していることに気づくのは、一定の時間が経過してから過去を振り返ったときだ。ほんの25年前までは、インターネットで買い物をする人はほとんどおらず、携帯電話は話すためだけに使われていた。それが今ではスマートフォンを使ってインターネットに接続し、そこから買い物をするのがごく当たり前になっている。

アメリカの未来学者アルビン・トフラーは、インターネットがまだ一般に普及する前、1990年の段階で「20世紀は、財力と権力を持つ者が実権を担い、勝ち抜いてきたが、21世紀は政治・経済・日常生活などのあらゆるシーンで知識や筋力、情報力が時代の中心となり、権力の移行が進行する」と、情報革命の到来を予知するかのような説を唱えていた。しかし、インターネットとそれに付随する新たなデジタル技術がもたらす革命は、情報革命だけではない。インターネットの本格的な普及を前に、その可能性を信じた人は大きな財力を手に入れた。ソフトバンクの孫正義氏や、わずか27歳でインターネット関連事業を行うITベンチャー「オン・ザ・エッヂ」の上場を果たしたホリエモンこと堀江貴文氏などはその象徴的な存在だ。

インターネットの普及から20年以上が過ぎ、今度は、インターネットの存在を前提とした新技術である仮想通貨とブロックチェーンに注目が集まっている。

資本主義はこれまでの歴史のなかで、その時代背景とともに都度変容してきたが、これからは前述のインターネット普及とそれに付随する新技術の誕生を背景に「デジタル資本主義」が訪れるといわれている。デジタル資本主義の到来によって起こる社会の変化を感じ取り、それに基づいた投資行動を起こすことが、これまで以上に資産形成にとって重要になってくるということだ。

第一次産業革命による
産業資本主義の誕生

資本主義の限界が唱えられるようになって久しいが、今のところこれに代替する仕組みはない。これまでの歴史を振り返ってみても、資本主義は時代とともにそのかたちを変容させてきた。そして、今、私たちは次の資本主義のフェーズへと移行する過渡期にある。歴史は繰り返すといわれるが、これから起こりうる変化を感じ取るために、まずはこれまでの資本主義の歴史を振り返っておきたい。

資本主義が辿ってきた過去を振り返るとき、18世紀半ばから19世紀にかけてイギリスで起こった産業革命がひとつの分岐点になっている。産業革命以前の資本主義は、簡単にいえば、とあるモノ(商品)を需要のある場所へと移動させることで富を蓄積させる、いわゆる「商業資本主義」だった。この時代の利益の源泉は、「ここ」に当たり前にあるモノを、「ここ」よりも高く売れる「よそ」へ持っていって売ることだった。つまり、「場所による価値の差異」で利益を生むことで利潤を追求した。

たとえば、15世紀半ばから17世紀の大航海時代に、商人がシルクロードや海を行き来し、ヨーロッパ、中東、中国の交易が活発になった。商人たちは、安いモノを輸送して高く売ることによって貨幣(金や銀)を蓄積した。代表的なのは、胡椒やクローブ、シナモンといった香辛料だ。ポルトガル、スペイン、オランダ、イギリスといったヨーロッパの上流階級は、肉の味付けと保存のために香辛料を競って手に入れようとした。

他方、15世紀ごろからイギリスでは、毛織物業で労働者を単一の工場に集めて商品をつくるマニュファクチュア(工場制手工業)という形態が生まれた。経営者である資本家は、それまでの職人とその家族による手仕事でモノをつくる家内制手工業から、低賃金の労働者を雇って組織化された生産体制をつくりあげた。これにより生産性は向上し、商品を安く生産し、高く売ることで利潤を得るようになっていく。

そして、18世紀末以降にイギリスで蒸気機関が発明されると、工場制機械工業が生まれた。これが“工業化”を進めた「第一次産業革命」である。資本家は私財を投じて工場をつくり、機械を使ってそれまで以上に製品を多く生産できるようになった。工場に資産を投じ、労働者を雇う選択ができた人は富を蓄え、ブルジョワジーとなった。

このように主な資産が工場や産業設備で、低賃金の労働者を雇用することで余剰価値を生み出す資本主義の形態を「産業資本主義」という。

第一次産業革命のときには、農村に労働力となる人が余っていたため、低賃金で雇える労働力を手に入れるのに困らなかった。つまり、リスクを負いながらもマネーを投じて工場・設備を買い、労働力を調達できれば、利益を得ることができた時代だった。

第三次産業革命による
産業資本主義の限界

そして、19世紀中ごろから20世紀初頭に、アメリカを中心に石油、モーターを動力源とする重工業分野での技術革新によって工業力が上昇し、“大量生産”が可能になった。これにより「第二次産業革命」が起こった。

大量生産が可能になったことで大衆消費社会が訪れた。たとえば、アメリカでフォード社が自動車(T型フォード)の大量生産に成功し、大幅なコストダウンを実現したのは象徴的な出来事だった。

この時代になると、生産設備に巨額の費用が必要になるため、大企業が現れるようになる。多額のマネーを持つ大企業は国家権力と結びついて国家独占資本主義が形成されていく。新しい製品の生産に天然資源が必要になると、欧米の大企業は資源を求め、人件費の安いアフリカやアジアなどで鉱山や油田の開発、ゴム農園の経営、鉄道の建設などをするようになっていく。そして政府に「利権」の保障を求めると、それに応じて国家は軍事力を使いながら強引にアフリカやアジアを植民地化していった。

この頃にはマネーと軍事力を持つ欧米列強が圧倒的な強者となり、アジア、アフリカの国々は、安い労働力として搾取されることなる。

20世紀前半のニューヨーク・ダウ30構成銘柄を見てみると、ゼネラル・エレクトリック(GE)やゼネラル・モーターズ(GM)、USスチールや石油会社といった重厚長大産業が中心だった。この頃になると、庶民レベルの資本では工場をつくることはできなくなっていたが、有望な企業の株式に投資することで利益を手にすることはできた。

1960年代に入ると、アメリカでは農村の余剰労働力が枯渇し、労働者の賃金が上昇しはじめる。その結果、アメリカは、まだ労働力が安かった日本にエレクトロニクスや自動車の分野などでそれまでの地位を奪われるようになっていく。その後、日本も労働者の賃金が上昇すると、韓国や中国などにその地位を奪われていった。
農村から大量の労働力が供給される時代が終わると、資本主義は、「ポスト産業資本主義(脱工業化社会)」を迎える。安い労働力が枯渇し、モノがあふれ、ライバルが増えてくると、それまでのように、ただモノをつくれば容易に利潤を得られる時代ではなくなっていく。

企業はライバル企業との差別化を図り、利益獲得を目指すようになっていく。たとえば、ブランド・ロイヤリティーによって、他社(他者)との違いを意識的につくることで顧客を囲い込んで利益を得るといった新しい動きである。
しかし、せっかく生み出した差でも、模倣によってすぐにその“差”はなくなっていく。それゆえ、常に新しいものを生み出すことが求められる時代になっていく。

そして、20世紀後半にコンピューターが普及すると、資本主義は大きな節目を迎える。電子技術やロボット技術を活用した「第三次産業革命」だ。
とくに、インターネットの爆発的な普及は世界を大きく変えた。
情報通信の発達で瞬時に世界中の価格がわかるようになったことで、場所による価格差はなくなりつつあり、「商業資本主義的」なビジネスは苦境に陥った。アメリカや日本の百貨店がショールーム化し、実際にはネット通販で買う人が増えたのは象徴的な現象といえるだろう。

「産業資本主義」的な部分でも、安い労働者の供給元だった中国の労働者たちの賃金が上昇したように、世界中で安価な労働力を探すことが難しくなっている。強者が弱者から搾取して成長してきた資本主義だが、世界的に見ても搾取の対象が少なくなってきた。そのために日本などの先進国では、国内の労働者を搾取する傾向が強まっているほどだ。実際に、日本国内の非正規雇用労働者数は2000年以降ほぼ一貫して増えており、2017年には非正規雇用労働者の割合が2,036万人と、労働者全体の37.3%にも上っている。グローバル化と新興国の経済発展が進んだ結果、国内での搾取に手をつけざるを得ない状況に陥っているのである。

デジタル資本主義とは何か?

従来の資本主義のように、場所の価格差がなくなり、搾取できる労働者は少なくなり、資本主義の限界といわれるようになっても、資本主義を代替するシステムは見当たらない。

そして、資本主義は「デジタル資本主義」と呼ばれる新たなかたちへと移行しつつある。デジタル資本主義とは、野村総合研究所代表取締役社長の此本臣吾氏が監修した『デジタル資本主義』(東洋経済新報社)によると、「デジタル技術を活用して、差異を発見・活用・創出し、利潤を獲得することで継続的な蓄積を追求するシステム」である。

モノに満たされた先進国では、20世紀のように、大量の“モノ”を消費する社会ではなく、“コト”消費の重要性が増す。そうなれば、産業資本の必要性、つまりマネーの重要性は大きく低下する。モノをつくるときのように大規模な設備やヒトを必要としなくなり、むしろ、AIやデータ・アナリティクスといったデジタル技術の重要性が増すということだ。

世界の株式市場の時価総額ランキングを見てもその傾向は如実に見てとれる。産業資本主義時代に富を蓄えてきた大企業たちに代わって、「GAFA」と呼ばれるGoogle(グーグル)、Apple(アップル)、Facebook(フェイスブック)、Amazon.com(アマゾン・ドット・コム)といった、デジタル・テクノロジーを駆使して成長した企業が、時価総額で世界トップに並んでいる。

グーグルやフェイスブックといった企業をアメリカの大学生が創業したことからもわかるように、大きな資本がなくても、アイデアとデジタル・テクノロジーによって世界を変える新しいビジネスを創出できるようになった。

GAFAは、検索や情報発信、買い物の履歴など企業に蓄積する膨大な個人データを事業に活用するプラットフォーマーとして、それぞれの分野で圧倒的な地位を築いている。GAFAの共通点は、第三者がビジネスを行うための基盤(プラットフォーム)を構築している「プラットフォーマー」として大きな力を持つ点だ。デジタル技術やデータ量の“差”が利潤の源泉であり、強さの根源になっている。

ITバブルで生き残った
“本物”から今を見る

1990年代末期から2000年代初期にかけて、アメリカでは多くのIT関連ベンチャーの株価が異常なまでに高騰した、いわゆる「ITバブル」が発生した。当時、インターネットへの期待感から、資本家たちはその可能性を正しく評価できないまま、競うようにITベンチャーに投資した。

1996年に1,000ポイント前後で推移していたナスダックは、1999年1月には2,000ポイントを突破。翌年3月10日には、過去最高値となる5,048ポイントに達した。そして、シリコンバレーを中心にベンチャー設立ブームが起こったが、ITベンチャーのほとんどが実力以上に評価されていたことが明らかになってくると、その期待感は徐々に剥落し、連邦準備制度理事会(FRB)の利上げを契機に株価は急速に崩壊。2002年には1,000ポイント台まで下落した。こうした熱狂と失望のなかで、多くのIT関連ベンチャーは倒産に追い込まれた。結局、このときに登場したIT関連企業で残ったのは、グーグルやアマゾン・ドット・コムなど一部のベンチャー企業だけだった。

注目すべきは、当時から生き残っているグーグルやアマゾン・ドット・コムは、その後も成長を続け、いまやプラットフォーマーとして大きな力を持ち、世界トップ5に入る時価総額になっているという点だ。

1997年5月に1.5ドル程度だったアマゾン・ドット・コムの株価は、ITバブルの波に乗り、1999年4月には95ドルまで急騰した。ITバブルが崩壊すると10ドルを切るが、2018年8月現在のアマゾンの株価は約1,880ドルである。なんと約20年で株価は1,000倍以上になっているのだ。もはやITバブル当時の株価下落はノイズ程度でしかない。ITバブルのときに本物を見抜くリテラシーがあれば、莫大な資産を所有していたりIT技術に深い見識を持っているというわけではない一般の人であったとしても、同社の株式を買うことで大きな利益を手にできたわけだ。

デジタル資本主義の
パワーシフトの流れに乗れ!

2017年、仮想通貨とその基幹テクノロジーであるブロックチェーンが大きな注目を集めた。
2018年8月30日時点で仮想通貨市場に入っている資本は、約2,280億米ドル(約25.5兆円)程度(CoinMarketCapによる)と世界の全資本のごく一部だが、2009年のビットコイン誕生によって始まったばかりのこの市場は、わずか10年足らずで劇的な成長を遂げている。

2017年には、熱狂を帯びた仮想通貨市場の急騰と、その後の大暴落を経験しているが、これはITバブル当時の急騰と暴落に重なって見える。そこからわかるのは、有望なものを見抜いて、その恩恵を享受できる人とそうでない人との間で「富の格差」が生まれるということだ。

仮想通貨取引所に口座をつくり資産を形成するチャンスは、誰にでも平等に開かれている。数十万円程度の資産を億円単位にまで増やし、日本でも“億り人”と呼ばれる仮想通貨長者が現れていることはご存じだろう。

日本円や米ドルなどの法定通貨は、国家の都合で大量に発行され、その価値を一方的に引き下げられてしまうリスクがある。金融緩和によって大量の日本円が供給されれば、実質的に減価する。その政策が間違っていたとしても、実質的な日本円の価値の下落というツケを払わされるのは国民だ。このとき、資産を防衛するには、法定通貨を値下がりしにくい稀少資産や有価証券などに替えるしかない。

資産形成の王道は「分散投資」だが、自分の資産ポートフォリオに今後は仮想通貨を加えることが、投資家の間でも主流になっていくだろう。
株式投資の世界では、短期間に株価が10倍以上に急騰する銘柄を「テンバガー」というが、2017年には、1年で価格が10倍以上になった仮想通貨が数多く登場した。たとえば、ビットコインは2017年初に1BTC=約10万円だったが、同年12月には約220万円まで上昇。10倍どころか20倍以上になった。他の仮想通貨を見ても、リップルは約330倍、ネムが約250倍、リスクが約130倍、イーサリアムやダッシュが約90倍、ライトコインが約50倍と、テンバガーどころではない値上がりを見せた。

しかし、2018年に入り、仮想通貨価格は軒並み下落した。2018年8月時点のビットコイン価格は2017年の最高値から約3分の1となる約70万円近辺で推移している。この価格の下落にはさまざまな要因があるが、仮想通貨に対する法規制が各国でまだ明確になっていないことがその主因だろう。

ITバブル当時も、一般の人のなかには「本当にインターネットは世の中を変えるほどの力があるのか」という疑心暗鬼が渦巻いていた。仮想通貨も、2009年にビットコインが登場して以降、たくさんの仮想通貨が発行された。その数は2018年8月30日現在、1,900種類以上にまで増えている。仮想通貨もITバブル当時のベンチャーと同じように玉石混交であることは明白だが、約1,900種類以上ある仮想通貨のすべてがニセモノかといえばそうではないだろう。このなかには、次のグーグルやアマゾン・ドット・コムが紛れ込んでいる可能性がある。それらに投資できれば、法定通貨のインフレヘッジの投資商品として、有力な選択肢になり得る。リテラシーを高めることで、将来大きな果実を手に入れる可能性は高まるはずだ。

世の中の動向を読み解く能力が
ますます重要に

今後、デジタル資本主義時代が本格化すれば、マネーそのものの力より、情報により新たな時代をとらえる力が重要になるに違いない。たとえば、その代表的なテクノロジーともいえる仮想通貨とブロックチェーンが社会に浸透すれば、大きなパワーシフトが起こる。かつて商業資本主義から産業資本主義へ移行したときや、産業資本主義からポスト産業資本主義に移行するときと同様に、その流れに乗れる人、乗れない人で優勝劣敗がはっきり分かれるだろう。

歴史は繰り返す。

ITバブルでグーグルやアマゾンを見つけることができれば、大きな果実を手に入れることができたように、インターネット以来の大発明といわれる仮想通貨とブロックチェーンの普及前夜にいる私たちには、大きな果実をもぎとる機会を与えられているのである。

今後、仮想通貨やブロックチェーンが社会に浸透していく段階において、インターネットの普及で登場したGAFAのような新たなプラットフォーマーが登場することも予測される。この段階で、これまでには存在しなかった新たなサービス、0→1のサービスが誕生することになるだろう。たとえば、仮想通貨の取引が行われる「仮想通貨取引所」や、仮想通貨の財布である「ウォレット」など、仮想通貨が誕生するまでは存在しなかったビジネスがそれにあたる。今後も技術の進展によって、現時点では想像できない新たなビジネスでのプラットフォーマーも登場するはずだ。

もはや、グーグルやアマゾンの株価がこれから10倍になるのは容易ではない。テンパガーを探すのなら、今後の成長分野に目を向けるしかない。
すでにAIなどのデジタル技術の進展やシェアリングエコノミーの浸透によって、これまでにない音楽サービスを提供する「Spotify(スポティファイ)」、民泊仲介サイト「Airbnb(エアビーアンドビー)」、自動車配車サービス「Uber(ウーバー)」といった新しいサービスが誕生し、ITプラットフォーマーとして大きな力を持つようになっている。

スポティファイやエアビーアンドビーが、デジタル技術の発展によって登場した新たなビジネスモデルを持ったイノベーターとして既存業界を大きく変える存在となったように、デジタル技術の発展によって誕生した仮想通貨やブロックチェーン技術も、決済手段や記録保存手段のあり方を業界の垣根を越えて変革することで人々の生活を便利で快適なものへと変化させる可能性を秘めている。またデジタル技術の進化は、仮想通貨やブロックチェーン以外にも、現状では想像もつかないような新たなビジネスモデルを持ったプラットフォーマーを今後出現させる可能性がある。

こうしたことを考えると、一般の人にとって、将来プラットフォーマーとして大成しそうな企業の株式を入手することは、資産を増やす一手段として有望である。デジタル資本主義時代への移行が見えてきたなかで、産業資本主義時代のような大きな資本は必ずしも必要ではない。新しい時代を生き抜くために必要なのは、変化のスピードが増す世の中の動向を読み解く能力だ。

デジタル資本主義時代のマトリックス図

かつてのITバブルのように、チャートの短期的な上げ下げに一喜一憂するのではなく、世の中の動向を読み解く能力を磨いたうえで投資できれば、たとえ現時点でカテゴリー「一般人」に該当していても、大きな資産を築くチャンスがある。重要なのは、新たに始まるデジタル資本主義社会の到来に備え、経済面で成功するカテゴリーAやカテゴリーBに自身をシフトさせることだ。

図のカテゴリーAは、現在および将来の経済・マーケット動向を読み解くことができ、成長分野への投資を伴って、自らのポジションを変えられる人たちだ。一方、図のカテゴリーBは、ITバブル時のように、世の中の動きを読んで成長資金の集中にあやかり、資産を増やす、または築くことができる、時代の変化に機微な知識層だ。

たとえ今は一般人であっても、デジタル資本主義、仮想通貨社会へのパワーシフトを読み解くために、常に仮想通貨に関する最新情報を得ようと努力し、知識を蓄え、知恵をひねり出すことができるか否かで、その後の資産形成の結果は大きく変わる。かつてはマネーの多寡が強さの源泉だったが、これからは情報・知識が強さの源泉になる。貧困の連鎖など階層の固定化が問題になっているが、努力次第では一般の人でも資産を築く道はこれまで以上に開けている——デジタル資本主義の到来によって、そんなパラダイムシフトが起こる。こうしたことを頭に入れて、勇気をもって投資行動を起こし、企業と向き合うことができれば、将来の輝きは変わってくるはずである。

これからの経営者に求められるのは、
中長期的なビジョン

「過去30年間の企業経営を振り返ってどう思いますか。そして、これから30年間でどんな会社にしたいですか」

意外にも、多くの上場企業の経営者がこの質問に答えられない。

あえて「30年間を振り返って」と聞くのは、「自分の会社が何者なのか。これまで何を大事にしてきたのか。今後はそれをベースに何をしたいのか」を問い、同時に、経営者としていかにリーダーシップを発揮し、いかにそれを実現していくかを尋ねている。

ある企業の株価の話だ。過去10年間の株式のトレンドを見たときに、この会社の株式を私が1人の投資家として保有したとしても、株主である私の資産(あるいは富)は増えても減ってもいない。

実は、10〜30年というスパンで持続的に企業価値を向上させている日本企業は、全上場企業3,600社超のうち100〜200社ほどしかない。多くの企業は上場した当初は高値でも、その後は中長期のユニークな戦略などを示せずに業績を大きく伸ばせず、株価は徐々に低迷し、底値となりその後は横ばい推移になりがちである。

そこで2015年ごろからアベノミクスや経済成長戦略の一環で金融市場改革が行われ、上場企業が守るべき行動規範を示す「コーポレートガバナンス・コード」や機関投資家の行動規範を示す「スチュワードシップ・コード」など企業統治の指針が定められた。こういった国の施策を背景に、上場企業と投資家が相互に協力しながら企業価値を高めていくことを志向する「対話」を重ねていこうという動きが出てきた。

今、そしてこれから到来するデジタル資本主義の時代に経営者に求められているのは、「中長期の視点への転換」ではないか。そこでは、数年という短期的な視座での経営ではなく、「10年後、20年後くらい先の将来を見据えた経営に、どのように取り組むのか。世の中の動向を読み解きながら、どう舵をとっていくのか」を考える「VISIONARY(見通す力)」が鍵となる。
近年はIRでも、過去の業績に代表される「財務情報」だけでなく、将来を見通すために役立つさまざまな「非財務情報」が重視され、かつ、企業経営者の関心事に紐付いた「ESG投資」が注目されている。

ESGとは、環境(Environment)、社会(Social)、企業統治(Governance)の頭文字で、これらの要素を考慮して投資する手法だ。先述の3,600社超のうち400社ほどが、財務情報と合わせて、環境や社会への配慮、ガバナンスや中長期的な経営戦略も含む「統合報告書」を発表するようになった。この統合報告書を対話のきっかけに、投資家は、企業価値を毀損するかもしれないESGリスクにも着目し、企業経営者とともに企業価値を創造していく一助を担っている。具体的には、対象企業の戦略は何年くらいのスパンの大局観に立っているのか、変わっていく事業環境に対して企業という生命体をどのように変容させていくのか、そのために適切な経営資源配分と企業統治が行われているか——といったことに注目している。

「長期投資家」からの問い

企業がESG課題に取り組むにあたって、注意すべき点がある。

たとえば、企業の社会貢献活動やCSR活動に代表される、社会の公器である上場企業が果たすべき責任への取り組みは、中長期のブランド価値に寄与し、投資家だけでないその他ステークホルダーからの共感になり得るが、企業の規模や業種によっては取り組みの程度は画一的である必要はなく、まして、それらのすべてを企業価値に紐付くESG情報と位置付けるべきでもない。会社の規模や業界によって開示すべき情報は違って当然であり、単にA社とB社を比較しても意味はない。ESGに含まれる開示項目は多岐にわたるので、身の丈に合った課題から取り組めば良いのだ。たとえばグローバルな自動車メーカーであれば、リスクマネジメントの観点からCO2排出量削減ルールの動向や米中貿易戦争の行く末などに留意すべきであろう。繰り返しになるが、投資家にも経営者にも世の中の動向を読み解く力が重要なのだ。

「ESGが求められているから、取り組まなければ」という発想では、本来の目的である企業価値の向上には結び付かない。国連が提唱する「持続可能な開発目標(SDGs)」に取り組むと手を挙げる日本企業は多いが、いったいどれだけの日本企業が「SDGs」が掲げるテーマ(=社会課題)へのイノベーション(=解決)に本気で取り組んでいるかは疑問である。今、それらの日本企業に「社会課題の解決に向けたプロジェクトに対して、本腰を入れた議論や検討をしていますか?」と問うてみたい。特定のテーマに絞り込み、本気で取り組んで、失敗も成功も、そのナレッジをグローバルに共有しながら課題を解決しようとする姿勢が企業には求められている。それは、基礎研究と同じように50〜100年といった長期スパンで考えなければならないものである。

人材、金、そして時間もかけなければ、イノベーションは生まれない。グローバルなニーズを汲み取り、大きな投資だとしても、それ以上のマーケット価値で返ってくるという信念のもと大胆に勝負する経営者の姿勢や目的達成へのコミットメント、そして大局観が求められている。自分たちの強み(戦略資産)を活用し、新しい市場を開拓すべきである。こうした挑戦が中長期的な価値の創造につながる。この姿勢こそが本質的に求められている。

経営とは、積み重ねの作業である。先人たちからのバトンを受け継ぎ、しっかりと後世に託していくものだ。経営者になることがゴールではない。そこからがスタートなのだ。自分たちは世の中にどのように貢献できるかと自問しつつ、事業環境が変化していくなかで、これまで積み重ねてきたものを大切に、今ある資源を有効活用しながら挑戦するときだ。

既成概念にとらわれず、新しいIRのあり方を模索しながら伝えようとする企業が現れることに期待したい。

Profile

  • 中川博貴 FISCO FINANCIAL REVIEW編集長。株式会社フィスコIR取締役COO。慶應義塾大学経済学研究科修士課程修了。株式会社フィスコ(証券コード:3807)にて国内外のM&A候補先企業のデューディリジェンスや実行後の戦略立案・オペレーションの管理に携わる。2014年より子会社である株式会社フィスコIRの取締役COOに就任。さまざまな上場企業のIR活動に対するコンサルティングに従事。2017年より株式会社フィスコデジタルアセットグループ取締役に就任。公益社団法人日本証券アナリスト協会検定会員、環境省「持続可能性を巡る課題を考慮した投資に関する検討会」委員(2015~2017)。