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Interview with BlackRock Japan 意義あるESG情報は、中長期の良い戦略にある

Interview & text by FISCO FINANCIAL REVIEW, Photograph by D.Araki

ブラックロック・ジャパン株式会社
運用部門 インベストメント・スチュワードシップ部

右:江良明嗣 左:大越覚史

世界最大級の資産運用会社ブラックロック。運用資産は2017年3月末時点で600兆円を超え、日本のGDPを上回る規模である。日本株だけでも20兆円以上を保有しており、日本経済に対して大きな影響力を持っているブラックロック・ジャパンの運用部門 インベストメント・スチュワードシップ部のお二人に、日本株式市場に対する思いと、ESG情報への見解を伺った。

ブラックロックが
日本企業に期待するもの

2017年3月上旬に、ラリー・フィンク会長兼CEOが「企業が従業員の能力開発や生活水準の向上に積極的に投資しているかを注視している」といった内容のレターを、日本の有力企業約400社に向けて送ったというニュースがありました。ブラックロックが企業のESGへの取り組みに注目していると話題になりました

江良 約1ヵ月経ちました(取材時点)が、大きな反響を頂戴しています。レターは企業のトップの方に送らせていただいたので、トップご自身とのエンゲージメントの機会をいただくケースが増えました。レターの内容自体は普遍的なものですが、「企業個別の状況に落とし込むとどうなるのか」という問いかけをいただくことが多いです。個別のエンゲージメントを通して我々の見方をお伝えしていくのが今後の方針です。

レター自体は、5回目の発信ですね。

大越 そうです。これまでのレターを通じて一貫してお伝えしているのは、「長期的な視野に立った経営」への期待です。長期投資家として、そうした経営を応援したいという考えです。

このレターの中で、ESGの重要性を2点挙げられていますね。「従業員の能力開発や生活水準向上への積極的な投資を重視する」「企業の持続的な成長にはESG(環境・社会・企業統治)が不可欠。グローバル企業は、進出先の地域に根ざした存在であるべきだ」と。

江良 現在、世界中で「将来への不安」が広がっており、これが2016年に顕在化した政治的なイベントにつながっているのではないかというのが、ブラックロックの分析です。社会が不安定になると、ビジネスも不安定になります。会社の利益を従業員に適切に還元するとともに、従業員の能力開発に投資することで、ビジネス自体の持続可能性を高められるのではないか。こうした考えを背景に「長期的な経営戦略を策定されているでしょうか?」と、極めて基本的な問いを投げかけさせていいただいています。

注目するのは
「広義のガバナンス」

2015年9月、世界最大の年金基金である年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が責任投資原則(PRI)に署名し、日本でもESG投資への関心が一気に高まりました。特に資産運用業界では、ESG投資がブームになっていますね。

大越 日本の企業統治の仕組みには、欧米と比較して独特な部分があると言われています。それが株主価値として良いか悪いかについては様々な議論がありますが、少なくとも「収益性が低い」ということは、国内外の投資家からよく指摘されています。この要因のひとつとして、日本独自のガバナンスのありように焦点が当たり、説明が求められているのではないかと思われます。

日本と海外のガバナンスの一番の違いはなんですか?

大越 海外企業ではガバナンスの仕組みが多様です。取締役会などの統治体系だけでなく、役員を採用する背景や目的も様々です。社外取締役によるモニタリングを重視する企業もあれば、社外役員だけではなく、監査役や内部の他部門からのモニタリングを重視する企業もあると思います。この「広義のガバナンス」を理解することが重要でしょう。我々の日々の対話においても、取締役会の構成や役員報酬問題といった「狭義のガバナンス」だけでなく、経営戦略や財務戦略、さらには人事戦略や企業文化などを中長期の経営という観点から伺うことで、この「広義のガバナンス」の理解に努めています。

収益性とガバナンスはどうつながってくるのですか?

大越 企業のガバナンスにおいて、実際に投資している株主の声は反映されているのか。コーポレート・ガバナンスの充実いった「狭義のガバナンス」は当然大事なのですが、それだけではやはり問題の解決には至らないことが多いことが現実です。
事業戦略や、競争環境の中で企業がどのようなアプローチをとっているのかなどを確認し、時には議論させていただく中で、その企業が持つ中長期的な戦略や企業価値を、投資家の目で評価しています。こうした活動の根底にあるのは、エンゲージメントこそが収益性や企業価値の向上につながるという信念です。

機関投資家として、議決権行使のみならず企業との対話の機会を通して「広義のガバナンス」を見極める。中長期的な視野に立った成長戦略をきちんと描いている企業は、その戦略のもとでEやSやGの情報が生きてくるのですね。

大越 ステークホルダーによって、E・S・Gそれぞれの情報に対する評価は異なるはずです。我々株主の観点からは、E・S・Gの情報がそれぞれどのようにその企業の価値、株主価値の向上に寄与するかという点が重要です。

単純にE・S・Gのデータをチェックするというよりは、むしろデータの裏にある具体的な事例であるとか、その取り組みがどのように企業の収益につながっているのかといった視点――つまり、ストーリーもしくは戦略といったものを企業とのエンゲージメントを通して確認しているということでしょうか。

大越 そのとおりです。G(ガバナンス)という情報にEとSが組み合わさったところに、企業の価値創造プロセスが生まれてくるのではないかと我々は考えています。ただし、日本の企業は、経営戦略とガバナンスの改善を分けて話すなど、外部への伝え方を模索されている企業が多い印象です。E・S・Gを別々に説明するというよりも、全社戦略や事業戦略のストーリーに絡めてESGを語る企業が増えてくることを期待しています。

投資家が見ているのは
企業の競争優位性

例えば人材への取り組みなど、開示している情報をよく読んでみると、主語をA社にしてもB社にしても変わらないような情報と、A社にしかできないユニークな情報の2種類があると感じます。ESGをフレームワークのように扱い情報を振り分け、投資家に「これだけやっています!」と説明をする企業が多いと思いますが、このような情報の開示の仕方には、投資する側は不満を感じているのではないでしょうか?

江良 機関投資家が見ているのは、企業の「競争優位性」です。ですから、A社とB社を比べて、どうしてA社がB社よりも優れていると判断できるのか、あるいは今後成長するだろうと思えるのか、この判断の元となる情報を重視します。先ほど例に挙げたような、A社とB社で主語を入れ替えても違和感のないような情報は、残念ながら我々にとっては価値がありません。A社とB社を比較できなければ優位性を測れないからです。

大越 フレームワーク自体は否定しませんが、それよりも企業の特徴であるとか、そのユニークな部分をESGという観点から理解することを大切にしています。フレームワークの中に入る情報にも大切なものはあると思いますが、それに当てはまらないその企業特有の情報や取り組みが、おそらくEとかSについてもあると期待しています。特に、定量化できないもの― 取り組み、プロセス、戦略などといったもの― について積極的に開示していただけると、我々が企業の特徴を把握する上で有益な情報となります。

江良 約6年前は、我々が企業と直接お会いしてエンゲージメントする機会は年間おおよそ50社程度でした。それが昨年には200社ぐらいにまで増えました。今年はさらに増えて250社ぐらいになると見込まれます。また、エンゲージメントの議題も非常に多様化しています。

戦略や経営の方向性についてセッションする際に、「Eについて教えてください」とか、「Sについて教えてくださいとか」などと、区切って質問されているということがありませんよね。

江良 そのとおりです。まずは長期戦略をお伺いし、その中でEやSについての取り組みやそれらに関連する部分について確認する場合もありますが、事業に大きな影響を及ぼすものでないと判断すれば特にお聞きしないこともあります。また我々は、ESGの中でもGを最も重視しています。ガバナンスと経営がしっかりしていれば、EやSという事業戦略上で必要な課題にも自ずと適切な対応がなされるであろうと期待しているからです。

ESGは魔法の杖にあらず

ESG情報の開示に関しては、しっかりと意識して取り組んでいる企業は大体決まってきてしまいそうです。現在、ESG情報開示に取り組むと収益性が上がるとか、どの企業も情報開示に取り組むべきだという議論がある中で、現実には対応しきれない企業が多いという現状もあるようですが。

江良 ESG情報の開示に関しては、企業の規模や成長ステージも深くかかわってくると考えます。また、ESGの具体的な内容も、業種や事業の状況によって違って当然ですし、その取り組みに対して我々が具体的にこうあるべきだなどと申し上げることには慎重であるべきです。
ただ、一般論として言えるのは、ESG課題については、競争戦略、すなわち企業の優位性を担保するという観点からは重要であり、今後さらにその重要性は増していくのではないでしょうか。

大越 現実問題として、時価総額が極めて高い企業と、いわゆるミドルキャップ、スモールキャップの企業で同じ取り組みをするのが難しいであろうということは、どの投資家も理解していると思います。当然、同じレベルでの情報開示を求めることもないでしょう。ただ、先ほど申し上げたように、開示されたESG情報が成長戦略にどのようにつながるか、競争優位性を測るのにどう役立つかという尺度として活用します。別の言い方をすれば、ESG情報さえ開示すれば収益性が上がるということにはならないでしょう。

ESGは魔法の杖ではないということですね。日本企業で経営戦略にストーリーがあると感じるような企業の総数というのは、肌感覚として増えてきていますか?

大越 それも企業のステージによって見方を変える必要があるでしょう。成長ステージにいる会社が時価総額を大きくするために必要な戦略と、すでに成熟段階にいる企業の戦略は、同一視できません。
成熟段階にある企業の戦略においては、3~5年といったスパンの経営計画や、その計画に対する議論が取締役会でどうなされているかを投資家に伝えることが重要です。一方、例えば上場したばかりの成長ステージにある企業では、変化は必ずしも重要ではないこともありえます。既に決めた戦略を変更するのではなく、確実かつ効率的に実行することが最も企業価値の向上につながる場合もあるのではないでしょうか。この場合、企業は投資家が企業の変化を捉えにくくなり、ESGを含む経営戦略のストーリーを十分に理解してもらえないのではないかと思われるかもしれませんが、その場合は、経営戦略をどのように実行しているのか、そのプロセスを伝えていただくことで、我々投資家が確認できることがたくさんあります。
ただ、経営戦略をストーリーとしてきちんと投資家に開示されている企業とお会いし、議論させていただく機会は、ここ2~3年で増えているという印象です。
特に増えているのは、戦略に変更があった際、その判断基準がどこにあるのかを確認させていただく機会です。エンゲージメントを通じてお互いの意見を交換し合うことはとても大切で、その切り口としてESG情報の重要性が認識されていることはとてもよい傾向でしょう。