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特集 1| ESG投資はブームで終わるのか? ESG投資の本質と課題そして将来展望

Contributed by 広瀬悦哉

Profile
広瀬悦哉
株式会社QUICK 常務取締役
ESG研究所長

1984年に株式会社QUICKに入社。チューリヒ、ロンドンにて欧州の運用会社や年金基金向けサービスの企画・営業に従事。帰国後は一貫して資産運用業務向けサービスの企画・開発に取組む。2013年取締役、2014年にESG研究所を設立し所長に就任(現職)。同年GPIFより受託した調査研究業務において統括責任者を務める。2016年常務取締役。PRI、RI Asia、CDPなど、機関投資家、企業向けセミナー等でのESG をテーマにした講演多数。

はじめに

「ESG投資」という言葉を目にする機会がこの1年の間に格段に増えている。専門誌や経済紙だけではなく、一般紙でESGの特集が組まれることもあり、言葉だけを聞けばそれが確実に浸透しているように見える。ほんの3年前を考えると、「スチュワードシップ・コード」、「コンプライ or エクスプレイン」という馴染みのない言葉と、その方式に戸惑う人も多かった。今ではそれらも定着し、2017年5月29日には、スチュワードシップ・コードは3年経過後の改訂版が確定し、金融庁より公表された。

この間に、関係者の多大な努力により、日本のESG投資は世界からも注目を集めるようになった。これは大変喜ばしいことだが、同時に一つの懸念が頭をよぎる。それは急激に上昇した気運は往々にしてブームで終わってしまうという、過去に多く見てきた失敗である。大きな可能性の中で言葉だけが一人歩きし、ミスリードを引き起こす、あるいは、常にグローバルで考えるべき方向性が内向きに仕立てられてしまう。また、目先の利益や自己満足が先行し本質を見失う。期待が大きい故に、こういった過ちによるダメージが目立ち、現実とのギャップに人々は失望してきた。

日本は現在、ESG投資が真に花開くためにとても重要な段階にあるだろう。単なるブームで終わらせないために、健全な拡大と浸透を目指すことをここでしっかりと考える必要がある。本稿では、ESG投資、責任投資の本質的な意味を理解し、これから先の未来を展望したい。

GPIFのPRI署名

ESGを原則に掲げる「責任投資原則(PRI)」が2006年に発足してから10年が経過し、グローバルな資産運用の世界で、署名機関とその機関投資家が保有する資産残高の総計は着実に増加の一途をたどってきた(図表1)。

(図表1)PRI 署名機関数と運用資産残高推移
PRI 署名機関数と運用資産残高推移グラフ

出所: PRI 責任投資原則2016

資産規模に比べ署名機関数が相対的に少なかった日本において、PRIの存在感が増すきっかけとなったのは、やはり2015年の年金積立金管理運用独立行政法人(以降、「GPIF」)の同原則への署名だろう。その前年にGPIFは、同様の基本概念を持つ日本版スチュワードシップ・コードの受け入れを表明し、コードに沿った活動を推進している。「企業・アセットオーナーフォーラム」や「グローバル・アセットオーナーフォーラム」の設立、「スチュワードシップ推進課」の設置などの活動を進め、迅速かつ積極的に取り組んできた。PRI署名もその一環であり、署名から1年後の2016年9月に開催されたPRI 年次総会ではボードメンバーの選挙に水野弘道理事兼CIOがアセットオーナー枠で立候補し、理事に就任している。私自身もその立候補のスピーチをシンガポールの会場で拝聴したが、まさに世界の責任投資をリードするボードにふさわしい内容であった。また、国内外関係団体・機関との連携強化にも力を注いでおり、署名以降GPIFは、世界最大級のアセットオーナーの一員として、ESGを牽引する活動をさらに積極的に推進している。このようなGPIFの動きが原動力となり、日本においてもESG投資、責任投資が広く知られるまでに至っている。

GPIFの
スチュワードシップ活動

GPIFをはじめとする世界の機関投資家、特にアセットオーナーは、ESG投資にどのようなインパクトや結果を求めているのだろうか。PRIなどがまとめた報告書「21世紀の受託者責任」では、「投資実務において、環境上の問題、社会の問題および企業統治の問題など長期的に企業価値向上を牽引する要素を考慮しないことは、受託者責任に反することである。」という見解が公表されている。この真意を理解することが、ESG投資の本質的な意義につながる。一つのヒントとして、GPIFのスチュワードシップ活動を取り上げたい(図表2)。

(図表2)GPIFのスチュワードシップ活動
2014年5月 日本版スチュワードシップ・コードの受入れを表明し、「スチュワードシップ責任を果たすための方針」を公表
2014年10月 「スチュワードシップ責任及びESG投資のあり方についての調査研究業務」を3社に委託
2015年3月 「投資原則」を公表
2015年9月 「国連責任投資原則(PRI)」に署名
2016年1月 「2015年 日本版スチュワードシップ・コードへの対応状況について」を公表
2016年4月 「機関投資家のスチュワードシップ活動に関する上場企業向けアンケート集計結果」を公表
2016年7月 国内株式を対象とした環境・社会・ガバナンス(ESG)指数の公募開始
2016年7月 「企業・アセットオーナーフォーラム」「グローバル・アセットオーナーフォーラム」設立を公表
2016年9月 第1回 企業・アセットオーナーフォーラム開催
2016年10月 「スチュワードシップ推進課」の設置(専任者2名を含む7名体制)
2016年11月 英国30%Club、米国Thirty Percent Coalitionに加盟
2016年11月 第1回 グローバル・アセットオーナーフォーラム開催
2016年11月 PRIが水野理事長兼CIOをボードメンバーに選任(任期は平成29年1月〜平成31年12月)

出所: GPIF資料「平成28年 スチュワードシップ活動報告」(平成29年1月)よりQUICK ESG研究所作成

国内株式を対象にしたESG指数の公募、グローバル・アセットオーナーフォーラム、企業・アセットオーナーフォーラムの開催、また、海外におけるダイバーシティ推進の取組みについての情報収集を目的にした英国の30%Club、米国の30%Coallitionへの加盟、さらに、債券などその他のアセットクラスへのESG投資の拡大など、GPIFはこうした活動に期待する効果として、投資における中長期的なリスク低減効果や超過収益獲得の期待を挙げている。特に市場の大部分の銘柄を保有するユニバーサルオーナーの観点より、受益者から投資先企業に投資資金が向かうインベストメントチェーンが機能することによって、国内株式市場全体の底上げや企業価値の向上を求めていると言える(図表3)。

(図表3)インベストメントチェーン
インベストメントチェーン図

出所: QUICK ESG研究所

グローバルなESG課題とユニバーサルオーナーシップ

GPIFが昨年、「ESG指数等で考慮することが考えられるESGファクターの例」として示したESG課題から、一部を挙げてみると、「SDGs(持続可能な開発目標)など持続的な社会構築を目的とした国際協調に資する要素」や「E: 地球温暖化、水資源、生物多様性」、「S: 女性の活躍、従業員の健康」、「G: 取締役の構成、公正な競争、汚職」といったグローバルなステークホルダーの課題が並ぶ。保有する企業の一部がこうした課題を放置すると、そのリスクによって、GPIFのようなユニバーサルオーナーにとっては負の外部性が内部化されることになる。すべての企業が課題に取り組むよう、ESG指数の運用やエンゲージメントにより、その影響を最大化したいと考えていると読み取れる。そのため、アセットオーナーは運用機関に対するマンデートとして、ESG投資を要求する。このような投資指示によって、長期保有の安定株主である年金基金などのアセットオーナーにおける、ESG評価の高い企業の保有比率が高まるという結果につながる。

今後は国内でも、アセットオーナーには長期的な企業価値の向上を図り、年金受給者をはじめとした受益者の利益に資するために、インベストメントチェーンのなかで、責任ある投資家としての行動が求められる。そのためには、アセットオーナー自らがグローバルなESG課題を理解し、アセットマネジャーや投資先企業と共有して、企業価値の向上に取り組む対話を進展させる必要がある。一方で、このようなアセットオーナーが株主となる企業にとっては、投資家の目指すビジョンを理解し、CSRやIRの活動をESG戦略として強化するためにこれから何が求められるのか、経営の中でしっかり位置づけることが重要となる。

ESG投資の本質的意義と課題

このようにESG投資、責任投資は、「社会貢献」を評価する従来のSRIとは異なり、企業が長期的に業績を伸ばす結果としてリターンを生むことを目指す「受託者責任」を明示するものである。その利益を生むために、社会から要請される課題への対応をまず果たし、それによって事業におけるリスクを軽減できる体質を持つこと、さらに本業での価値創造が実現されるシナリオを描けることなどが評価の尺度となる。企業にとって重要なことは、グローバルな課題について、投資家がどのような調査・研究・議論を経て結論にたどりついているか、を理解することである。この背景や理論を理解することが、自社の課題に対するデューディリジェンスの基本となる。

また企業は、自社のビジネスにおける重点課題やリスク、国内とグローバルな課題の差異、サプライチェーンにおける責任範囲、達成度だけではなくプロセスやメカニズムの重要性、多様なステークホルダーの存在などが、ESG投資の本質を理解する上で最も重要なことだと考えている。確かに、そういった開示に対する要求もこれまでになく強まっているが、報告書作成を目的としてはいけない。さらには、インデックスに組み込まれることや高いレーティングを得ることも最終ゴールではなく、本質的な企業の長期的体質強化により、優れたシナリオ分析を目指すものと捉えるべきであろう。ブランディング戦略や純粋な社会貢献も別の意味で重要であるが、持続的な企業価値の創造につながるESGとの差異を認識し、企業の根底にある優位性と弱点を見直し、それを共有かつ支援してくれるような株主を得る絶好の機会と捉えるべきである。

一方で、アセットオーナー、アセットマネジャーが陥りやすい問題、現在注視すべきことをもう一つ挙げたい。それは、スチュワードシップ・コードやPRIなどに署名や受け入れをしているが、実際には何も実行しないという形骸化の問題である。PRIでは署名機関の活動報告が義務付けられているが、そのフレームワーク(報告形態)を改訂すると同時に報告内容を採点しランク付けすることを決め、この問題に対応しようとしている。また3年経過後の改訂案では、議決権個別開示や協働エンゲージメントの有効活用など、実効性をより高める方向を打ち出している。インベストメントチェーンにおける個々の機能を十分に果たし、チェーン全体で最大効果をもたらすことができるように、上流・下流のステークホルダーがしっかりした方法論でカウンターパーティーをモニタリングしていくことも、今後さらに改善が求められる課題となるだろう。

おわりに

ESG投資の本質は、サステナブルな世界と社会を将来にわたって築いていくための未来への投資である。そのためには長期的な視点に立ったいくつかの挑戦が必要になる。その一つとして、日本の企業の力をグローバルに発信することを挙げたい。サステナブルという点で言えば、100年以上の歴史を持つ多くの日本企業が現在も第一線で活躍している。グローバルな視点を取り入れることが重要な一方で、これまで持続してきた源泉は何か考えることも重要だ。企業には、自分たちが気づいていない強さがあるはずだ。そして、ここで必要なことは、良いパートナーとなってくれる投資家を得るために、開示や対話を通じて相互理解を深めることである。日本再興戦略の実効性を高めるためにも、このような活動には意味があると感じる。

また、そこからアジアに視野を広げた時に、日本が果たすべき役割も新たに発見できるのではないか。アジア各国にはESGの様々な要素で、ハイリスクとされる地域が存在する。日本がリーダーシップを担い、アジア市場全体の安定成長を支えることができれば、世界経済にも良い影響をおよぼすことができるかもしれない。

現在、世界に目を向けると、様々な問題が表面化している。気候変動対策の目指すゴールはパリ協定で合意したが、2℃達成には超えなければならない高い壁がある。加えて、トランプ政権のパリ協定離脱発表など、ナショナリズムやポピュリズムといった不安定な政情の背景には、経済不均衡や深まる貧困といった課題があると言える。このまま何もせずにいると、資本主義が目指してきた豊かな社会が実現できないだけでなく、その持続性も危ぶまれることになりかねない。山積する課題に対して、企業のビジネス活動、またそれを支えるべき株主、金融市場は、何をするべきなのか考えなければならない。

ESG投資、責任投資を通じて、企業と株主が一つのゴールを目指す。そのための対話が日本でも今まさにはじまろうとしている。