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特集 1| ESG投資はブームで終わるのか? ESG投資の波はどこまで及ぶか 〜中小型銘柄にとってのESG〜

Contributed by 粟野美佳子

Profile
粟野美佳子
一般社団法人
SusCon

早稲田大学大学院政治学研究科修了(国際政治専攻)。1990年よりWWFジャパン職員。パンダマークのライセンス事業や、企業とのパートナーシップ企画業務に従事。2009年7月より自然保護部門に移り、ビジネスと生物多様性問題及びREDD(途上国における森林減少・劣化からの排出の削減)プログラムを担当。
2016年にWWFを辞して一般社団法人SusConを設立。環境省の「環境報告書の記載事項等の手引き第3版」の検討委員を務める等、情報開示関連活動も多い。

今から4年前、環境省が「環境情報開示基盤整備事業(以下開示基盤事業)」開始した。この事業の推移は、日本におけるESG投資がこの4年で大きく変貌を遂げたことを象徴している。筆者は毎年度末に当事業が開催する報告会に初回から出席しているのだが、その規模の拡大には目を見張るものがある。初回の2014年は、140名程度の関係者による懇親会といった趣だった。2年後、筆者がパネリストとして登壇した時は、300名の聴衆で会場は満席。そして本年3月の報告会では、500名の定員が申し込み開始からわずか1週間で埋まるという人気ぶりである。

しかし企業からは、投資家からESGに関する質問が無い、あるいは個別のインタビューを受けることがそもそも無いとの声が聞かれる。ESG投資は大企業のごく一部にしか及ばないものなのだろうか。

ESG質問を受けない≠ESG情報は不要

ESGに特化した質問が出ないことは、事業規模を問わず、万国共通である。今年の2月、ロンドン証券取引所は企業向けのESG報告ガイドを発行し、その記念パネルディスカッションを開いたが、そこでの発言がこれを裏付けている。ロンドン市場で民間企業初のグリーン債を発行した廃棄物管理企業Shanks(現Renewi)は、会社のサステナビリティ目標についてファンドマネジャーから質問されることはほぼ無いと明言。サステナビリティ企業として名を馳せているユニリーバですら、アメリカではESG質問が出ないと苦笑した 。

こうした指摘に対し投資側は、対話の場に臨む前に非財務情報は精査しており、ESGはすでに評価に織り込み済みと主張している。限られたヒアリング時間の中で、ESG話題にまで及ばないのも理解できる。つまり、ヒアリングそのものやヒアリングでの質問の有無に関係なく、非財務情報が開示できているかが重要となる。

ここで注意すべきは、ESG投資にとっての非財務情報は、これまで企業がCSR報告書で述べてきた「活動報告」ではないことだ。リスクと機会という将来の判断材料を提示する必要がある。ところが、統合報告書の場合であっても、EやSに対する記載は極めて乏しく、体裁として終わっているものが残念ながらかなり多い。上述の開示基盤事業に参加している企業でも、提出された内容の多くは現状説明と活動報告で、今後の見通しと戦略への踏み込みは希薄だった。ESG投資の発祥の地と言えるイギリスでさえ、非財務情報の充実が最大の課題とされ、証券取引所が主導して報告ガイドが作成されたのである。

企業は開示しているつもりかもしれない。しかし、質問を受けないのは質問できるほどの情報開示にないため、そう疑った方がいい。

海外機関投資家の食指

適切な情報開示の必要性は企業規模によらず共通の課題だ。だが、個別ヒアリングを受けることが無く、ESG情報を口頭で補足する機会がない企業こそ、開示基盤や各種報告ガイドラインを活用し、公開情報を充実させる必要がある。ロンドン証取のガイドも中小企業を重要な読み手と位置付けており、このセクターでの開示推進に意欲を見せている。

しかし、専任の人員を割けない企業でも、わざわざESG情報の充実に取り組むメリットは本当にあるのか。着目すべきは、誰がこの情報を求めているか、言い換えればESG投資の主体である。日本のESG投資興隆の立役者であるGPIFが遂にESG指数を導入したが、ダイベストメントも含めたよりアクティブかつ直接的な銘柄選別を行う点で、海外の機関投資家の存在感は大きい。開示メリットはここに眠っている。

端的に言えば、彼らはESG投資先を探している。北欧の年金基金を中心とした、石炭産業や気候変動への取り組みに後ろ向きな企業からのダイベストメントは、今や5兆ドルに上る 。この資金は再生可能エネルギーや省エネ技術等、気候変動関連分野に振り向けられているとされるが、5兆ドルのすべてが行先を持っているわけではない。環境問題を理由として引き揚げた資金である以上、ESG投資として相応しい投資先でなければならない。しかしこれがそう簡単には見つからないため、ダイベストメントを見送っている基金すら存在する 。需要と供給のバランスが取れていないのである。

ESG投資先を模索する彼らにとって、日本の中小型銘柄の多くは「海のものとも山のものともつかない」存在だろう。筆者は2015年に、東証一部1900社強のCSR報告書発行状況を調査した。結果、CSR報告発行企業700社中、英語版があったのは半数である。情報ベンダーでも、顧客企業で英語発信を行っているのは四分の一にも及ばないと聞く。非財務情報の重要性が定着していない中、当然ともいえるが、これでは投資対象候補にすらなれない。

だが、関心は確実に高まっている。フィスコでも、海外の投資家から寄せられるレポートや個別ヒアリングの依頼が増加している。また、GPIFの水野CIOが積極的に海外で発言していることが、日本市場への関心に繋がっている節がある。投資判断材料となる適切なESG情報とは、データであり、分厚いレポートを目指す必要はない 。彼らのニーズに応えた情報開示は中小型でも十分可能であり、このチャンスを逃す手はない。

投資リスクとしてのサプライチェーン

ここまではESG投資の直接対象としての可能性を述べてきたが、ESG投資が与える間接的影響も忘れてはならない。すなわち、サプライヤーとしてのESG課題である。

ESGにおけるサプライヤー課題の代表格は、CDPが2014年に開始した「サプライチェーンプログラム」であろう。CDPが大企業の代わりに取引先企業に質問票を送付するこのプログラムでは、2016年に調査対象が8200社に達している。アップルがサプライチェーンでも再生可能エネルギー100%の実現を掲げているように、サプライヤーでの取り組みが、気候変動リスクの回避に不可欠との認識が広まっている。

さらにCDPでは今年、森林破壊に関する開示でもサプライチェーンプログラムを導入。マクドナルドやロレアル等、世界的大企業8社が自社のサプライヤーへの調査を依頼した。なぜ森林破壊か。これが環境NGOからの攻撃を最も受けるテーマなのだ。消費者に近い企業では、ブランドイメージの毀損が企業価値に直結するだけに、対応あるいは予防措置が必須となる。他方NGOの真の狙いは、社会環境問題の「現場」である上流のサプライヤーを動かすことにある。従って、そこに影響が及ばない対策では企業は放免されず、リスクが下がらない。サプライチェーンの下流に位置する大企業が向き合う環境問題は、サプライチェーン上のすべての会社が共有せざるをえないのである。

サプライチェーンで生じるリスクは、社会面でも同様あるいはそれ以上に大きい。昨年、マレーシアにおけるネパールからの移民労働者問題で、サムスンとパナソニックが取引先工場のためにやり玉に挙がったのは、典型的事例の一つである。イギリスで2年前に成立した現代奴隷法が、売り上げ規模3600万ポンド(約52億円)以上の企業を対象としたのも、サプライヤーに問題認識と公表を迫るためである。EとSのリスクはサプライヤー次第と言っても過言ではない。

非製造業であっても無関係ではいられない。イギリスでは、マーケット調査会社ですら取引先から Sedex への加盟を要請され、CSR部署の新設に踏み切った。業種を問わずサプライチェーンに潜在するリスクを最小化し管理しなければ、投資家の懸念を払拭できないとの認識が、ESG投資の直接的対象となる企業の間で広まっているのだ。

サプライチェーンがグローバル化している今日、どんな企業も間接的にESG投資の目に晒されている。取引先が受けている投資家からのエンゲージメントは、他人事ではない。

中小型銘柄こそESG

投資対象としての中小型銘柄には、サプライチェーンリスクの面で優位性もある。業種にもよるが、大企業の複雑で広汎なグローバルサプライチェーンに存在するリスクに比較すれば、問題が特定のものに絞られよう。また、NGOのターゲットに直接なることは、まずない。NGOも資源が限られているので、レバレッジ効果が期待できる下流のグローバル企業を狙うからだ。

ESG投資で名を上げることの副次効果も期待できる。冒頭で紹介したShanksは、グリーン債の発行によるメリットとして ①取材によりメディアへの露出機会が増加 ②社員に会社のアイデンティティが浸透 ③就職先としての認知度向上 を上げている。特に①と③は大企業からは聞かれない効果であろう。

CSR報告書を出していないことも不安材料ではない。CSR報告書では「ストーリーで語る」ことがよく言われる。確かに従業員や、地域住民等、心情に訴え共感を得ることが大事な相手もいる。しかしESG投資はデータの世界である。社会貢献活動も、戦略的に将来の事業リスクを低下させるために実施しているものでなければ、ESG投資には意味を持たない。逆に社会貢献活動に記載が終始すると、リスク認識すらできていないとのネガティブ評価を受けかねない。

簡潔なデータ開示にも注意点はある。一つは客観性の担保。非財務情報も財務情報同様に、第三者検証を投資側は求めている。データの信頼性と比較可能性は、ESGでも全く同じである。また、海外は性悪説が基本であり、企業に対する信用は低いことも忘れてはならない。自己宣言では通用しない。

二点目は、経営陣の責任。財務諸表の意味を経営陣が理解していなければ不安視されるのと同じことがESG情報にも言える。自社にとってどうマテリアルなESGデータであるか、経営陣が語れるかどうか自体がESGリスクの一つである。

この稿を書いている間にも、フランス政府の気候計画、欧米の大手銀行陣による気候変動情報開示の分析ツール開発計画と、世界は急速に動いている。ESG投資という新たなチャレンジに手を出した方が、この激変する事業環境を生き延びられる。無視を決め込むための理屈を探している場合ではない。