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特集 1| ESG投資はブームで終わるのか? ESG情報はブームで終わるのか?

Interview & text by FISCO FINANCIAL REVIEW, Photograph by D.Araki

Profile
フィデリティ投信株式会社 ヘッド オブ エンゲージメント
三瓶裕喜

東証一部上場約3,600社のうちアニュアルレポートを作成している企業は2016年度で660~700社ほどと言われています。近年ESG情報の開示が重視され、アニュアルレポートから統合報告書への切り替え、または新規に統合報告書を発行する企業が増えていると感じるのですが、この傾向は今後も続くと思われますか?

そうですね「天井を打ったか」ということで言えば、まだそこまでは行っていないと感じます。ただ、むしろ私が危惧しているのは「ESGバブル」のような動きになりはしないかということですね。

「バブル」ですか。

そうです。「ESG情報・非財務情報の開示」ということ自体がブームになって、本来の目的である「企業価値の正当な評価」にきちんとつながっているのかどうかという危惧ですね。というのも、日本だけではなくて世界的な動きであるということ、さらに政府もこれを後押ししていること※1などもあり、かつてのITバブルのときのように「新しい切り口」に皆が飛びついているという状況になっています。とにかく新規参入者が多くて、ESG専門の評価機関は現在100ぐらい存在すると言われています。それぞれが独自のESG指標をせっせとつくってESGの勝手格付けをしている状態です。

そうなると、どの指標・格付けを基準にするかで評価が変わってくるという問題が出てきませんか。

その通りです。検証されていない評価基準で投資したり、なんらかの目的でつくられたインデックスに沿って運用したりということが方々で起これば、本来の意味での企業価値向上とは乖離した状況での株価の上昇が起きたりしかねません。まさにバブルという状態になります。

そのような中で、昨年8月に経済産業省が「持続的成長に向けた長期投資(ESG・無形資産投資)研究会※1」を立ち上げました。三瓶さんも委員として参加されていますが、政府がこのようにESG投資を後押ししている理由は何だと思われますか?

やはり、2008年のリーマン・ショックに象徴されるGlobal Financial Crisis(世界金融危機)が大きかったと思います。資本市場がキャピタルの正当なアロケーション(資本配分)を怠り、唯一の判断基準がリターンになっていたことへの反省があるのです。もちろんリターンは大切ですが、そのせいで様々な社会問題が一向に解決されないまま残ってしまった。そこで資本市場全体がもう一度キャピタルアロケーションを見直して、きちんと社会問題も解決するような方向で資本を配分しようと。そのための指針にしようという狙いが根底にあると思います。

同研究会は今年5月に「価値協創のための統合的開示・対話ガイダンス-ESG・非財務情報と無形資産投資-」(価値協創ガイダンス)をまとめましたが、さきほどのお話にあったような、ESG投資バブルを形成しかねない評価基準とこちらのガイダンスとの違いをお話しいただけますか。

本ガイダンスの全体像
PRI 署名機関数と運用資産残高推移グラフ

例えば、環境規制とか人権に関する項目をつくって、そこにいくつもひっかかった場合にエクスクルージョン(不適格)リストに載せて投資しません、という基準がひとつあります。特に公的なアセットオーナーは社会的責任に波及しうる問題に対して非常に敏感ですので、こういった基準を重視する傾向が強くあります。また、ESGインデックスが組成されればパッシブファンドが乗っかってくるというように、「ESG評価重視型」の判断基準によって投資対象として「不適格」または「構成銘柄」指定されることによって資金流出入を誘起し、単純に株価を動かします。一方で、アクティブな投資家は、同じ「ESG重視」でもビジネスとの関連で見るんですね。「今あなたの会社のビジネスモデルはこういう理解で良いですか、ビジネスモデルを動かすための一番大事なリソース、ドライバーはこれですよね」と。その上で「そこにこういった障害となり得るものがありますが、どのような対策を打っていますか」という質問をぶつける。さらにもっと踏み込んで、それらのリスクを機会に転換できる企業であるかを見極めるのがインテグレーション型の投資家です。この後者は株価ではなく企業価値を見ています。コアはあくまでも「ビジネスモデル」であるという点が前者との違いです。

リスクを価値に変換させられる、ESG要素を機会として活かす用意周到さが競争力の源泉となる、という考えですね。

そうです。単純なチェックボックス式の評価基準が標準化することを我々は懸念しています。企業によって優先順位の高いESG要素は違いますし、機会を見極めるには会社とのコミュニケーションが大事なのです。そのためには企業と投資家の対話を深化させるための「共通言語」が必要だと考えました。

これを拝見すると、ESG要素を独立させていませんね。

ESG評価を特別なものとして扱うのではなく、あくまでもビジネスの全体像に溶け込ませることが大切と考えました。ある企業との対話の中で実際にあったことなんですが、非常にまじめな会社で、SDGsの17項目に関連することを一つひとつ開示していこうと。そしたらだんだんつながりが分からなくなってしまって、「これはどこまでやったら良いんでしょうか」という相談を受けたんですね。いや、そんなことする必要はないんですよと。会社にとって重要なところを5つか6つ選んで優先順位をつけて、それに取り組んでいかれることを期待し評価します、と伝えました。ただ、そう言い切るには、投資家自身もESG評価に対してしっかりとしたスタンスを持っていなくてはならないと思います。

企業にとってのマテリアリティ(重要性)を見極めることが大切なんですね。

それも、その企業の競争優位性の持続可能性に関するマテリアリティですね。これははっきり申し上げたいことなんですが、ESGとCSRは重なる部分もありますが、重なっていない部分の方が多いということです。CSR報告書について言いますと、どの企業も社会貢献についてはたくさん書かれるんです。例えば、冊子をつくるにあたって、紙をたくさん使ったので森林保護をしています、木を植えていますと。ただそれはCSRであってESGではありません。そして投資家の立場から言わせていただくと、そういった部分は評価しません。CSRが無駄だとか否定しているわけではなく、ぜひ社会貢献していただいたらいいけれど、それはそれで、「これがなかったら事業が立ち行かない」というような要素ではないからです。投資の立場からはそういった評価になるということです。

それとは逆に、マイナスな情報を発信したがらないケースというのもあるのですか。

例えば新興国での係争などの「ネガティブ情報」のことですね。こういった名前がついているくらい企業は懸念情報に敏感なのだなと知りました。そもそも企業が開示していなくとも、グローバルに情報を収集している投資家は大抵把握しています。だからそういうものは真っ先に開示してほしいところです。なぜならマーケットはそれがあることにうすうす気づいていても、はっきり説明されないとどこまで悪いのか判断できません。すると悪い方へ悪い方へと備えますので株価はそれだけ下がります。逆に、きちんと開示されたら「あ、その程度か」と、そこで評価が定まります。だから絶対に自ら発信し、透明性と誠実さをアピールすべきなんですよ。

そういった点は日本の企業特有のものでしょうか。

そうかもしれません。独立系ESG調査・評価機関であるSustainalytics社の評価を詳しく見ると、日本企業のESG評価は実態よりも低く評価される傾向にあると思います。その理由として、「ESGへの取り組み方針はあるが、その内容についての開示がない」、「ESGに配慮した活動を行っているが、目標設定、インセンティブ導入や達成度管理の仕組み(エビデンス)がない」、「ESG活動のエビデンスを提示しているが、外部第三者機関からの認証がない」などが挙げられます。つまり、取り組みそのものよりも情報開示の仕方に問題があるんですね。今回のガイダンスは「こうすれば良い」というような方法論ではなく、企業と投資家の対話の質を高めるための方向性を示すものとして作成しています。企業それぞれにマテリアリティは違いますので、投資家との「対話」の中でそれを見つけていって、それを分かりやすく伝える情報開示をしていただければと思います。